2015-03-19
海外子会社の現地経営
平成27年2月11日~14日、タイのバンコクへの視察研修に参加し、バンコクAMC工場(建設機械用金属部品製造)、福井鋲螺タイ工場(自動車用金属部品製造)、サハセーレン・シラチャ工場(自動車用シート製造)の福井県内3企業を訪問視察した。
1.東南アジア諸国におけるタイの可能性と課題
タイは、電力等のインフラ面の整備、高等教育・熟練労働力の存在、自動車産業を中心としたサプライチェーンの発展、仏教徒が多く親日的、一貫した外国投資優遇政策の存在、周辺国家との経済回廊の結節点という地政学的な優位性、消費市場としての期待など企業の海外進出先として多くのメリット・魅力がある。
<拡大が期待される消費市場>
タイの人口は6,598万人でインドネシア、フィリピン、ベトナムについて4番目。また、一人足りGDPは5,878ドルでシンガポール、ブルネイ、マレーシアに次ぎ第4位である。特に、世帯可処分所得が年間1万5千ドル超~3万5千ドルのアッパーミドル層が近年大きく増加しており、消費市場として大きく期待されている。
反面、同業日系企業との激しい競争、最低賃金の上昇など人件費のコストアップ、人手不足、少子高齢化、クーデターの発生・不安定な政権、洪水など自然災害などの進出先としてのリスクも抱えている。
<雇用情勢>
タイでは離職率が高く、採用しても長期雇用につながらない。これは失業率が1%を切る水準であることに加え、簡単に転職を繰り返す雇用の流動化が顕著な社会であることが背景にある。また、2012年に最低賃金の大幅な引き上げ(40%)が実施され、2013年には地方の最低賃金を都市部の水準に引き上げるなど低人件費の優位性が薄れている。
<高付加価値産業の振興>
2015年1月から投資恩典がゾーン別から業種別に変更され、恩典は高付加価値を生む重要・戦略的業種に限られることになった。労働集約的な産業から高付加価値産業への転換を目指し、安い人件費を強みとする他のアセアン諸国と一線を画す。このため、今後は高度な技術を持った熟練人材がより求められる。
したがって、タイでの子会社経営は次のことがキーポイントになっている。
①「高い技術力や高品質などの高付加価値性」
②「雇用の安定確保」
③「質の高い従業員の育成」
④子会社の自主経営尊重と親会社のリスク統括管理の両立
今回訪問した福井の企業は3社とも、高い技術力や高品質を強みとしており、前述の①をクリアしている。②、③、④については三者三様に前述の課題に対する対応策を打ち出している。
2.子会社社長の現地人登用(バンコクAMC工場)
<雇用の安定確保>
海外での子会社の経営は、国民性や文化、習慣に精通した現地の人材のほうが従業員を管理しやすい。
日本AMCでは子会社であるバンコクAMCの社長にタイ人が就任している。同社では現地人社長の強みを生かし、現地人の考え方や社会通念を把握した採用や従業員 管理を行い、中小企業ながら従業員を安定的に確保している。
メーカーの監査はタイ語で書類を準備する必要があるが、同社ではタイ人社長を中心に対応できるというメリットもある。
<質の高い従業員の育成>
日本人と比べ意思疎通しやすいタイ人社長でも、日本式のやり方を浸透させることは難しく、タイ人独特の風習は簡単には変えられないとのことである。そのためか同社の工場内では、5Sをマンガで説明し「見える化」するなどの工夫をしていた。
採用試験にはIQテストを利用している。限られた時間で多くの問題をこなす人は、製造工程において集中力を高め品質を維持できる能力に通じると考えるからである。
<親会社のリスク統括管理>
工場長に日本人幹部を配置し、親会社の経営方針の浸透やリスクの統括管理にも努めている。
3.信頼と規律の両立(福井鋲螺タイ工場)
<雇用の安定確保>
同社は入念な事前調査に基づきタイへの進出を決めているが、その調査の中心人物が現在のタイ子会社の責任者になっている。社内で最もタイの実情に精通した人物が子会社を経営しており、タイの国民性に応じた雇用関係や営業戦略を実践している。その意味では子会社の自主性を非常に尊重している会社であると感じられた。
経営者と従業員という関係においても、信頼し信頼される人間関係つくりに腐心している。
例えば、タイの企業ではスピリットハウス(日本でいう神様をまつる祠のようなもの)を設置しているが、同社のように「天、地、商売」の三種の神様を祀る正式なものは少ない。タイ社会に馴染もうと子会社の日本人責任者は仏の日に必ず線香をあげるなど、現地の風習・文化・習慣の理解に余念がない。
従業員とは個別に月1回程度食事を共にし、円滑なコミュニケーションを図っている。
必要であれば言いにくいことでもきちんと伝えることが重要であるとの考えから、言葉を単に伝えるだけでなく経営者の思いやニュアンスを伝えることのできる通訳を雇い、現地の人との相互理解を深めるよう心掛けている。
<質の高い従業員の育成>
一方で、タイムカードは指紋認証方式を採用し、カメラ監視による怠業防止を行う等、工場内の規律維持を徹底している。信頼はしているものの、タイの国民性を考慮し過度に信用しすぎないよう注視している。
積み木を使った採用試験を行い、ものづくりに必要な空間感覚・3D感覚の優れた人材の発掘につなげている。スキルのある即戦力を求めるため中途採用が多くなる。
<親会社のリスク統括管理>
親会社で展開している「ビオライズム」をタイ風にアレンジして伝えている。(例えば「足るを知る」をタイの王様の言葉に置き換えて伝えている)
4.システム化で親会社・子会社統合管理(サハセーレン・シラチャ工場)
<雇用の安定確保>
離職率が高く同社では毎月従業員の5%が退職している。このため、ワーカーについては5%の退職があるものと割り切って、採用・生産計画を立てている。
離職対策として従業員の声の汲み上げに努めている。福祉委員会を立ち上げ、職場環境の改善に反映させている。
従業員とのコミュニケーションを図るために、意思疎通・意見交換の場を設けている。定期的面談を子会社社長はマネージャークラスまで行っている。工場ではワーカー向け朝礼を実施しているほか、月曜に全体集会を行っている。また、2交代制のため2週間に1度は全員が集う機会を作っている。
<質の高い従業員の育成>
同社の特徴である一貫生産体制を維持するため、長期的視点でマネージャークラスへの技術移転を図っている。
製品の品質確保のため工場内の一部にクーラーが設置されているが、品質検査員の作業効率向上のためも検査部署にもクーラーが設置されている。
職長等の職場リーダーが育っており、各リーダーを中心に自主的に改善運動に取り組んでいる。改善効果が、工場内の掲示板に掲示され横展開されている。
<親会社のリスク統括管理>
同社では親会社のコントロールがよく効いている。財務管理面では経理システムである「SAPシステム」により海外子会社を含めた全社を一体管理している。また、プロダクションシステム(製造管理システム)を導入しており、どの国でも日本同様に効率的かつ高品質の製造が可能となっている。
5.日本経済新聞の関連記事より
このレポートをまとめているとき、日本経済新聞で海外子会社についての記事を目にした。今回の研修旅行で考えさせられたことと重なっているため紹介する。
○「海外子会社任せに限界」(H27年3月10日付け日本経済新聞)
「グローバル企業は海外の特異な法制や商慣習から生じる想定外のリスクに直面している。海外子会社の現地化という自立を重視する経営戦略に対し、日本の親会社が法令順守の観点から細部まで目を光らせる一元管理も緊急の課題になっている。」
○「外国管理職 日本で育成」(H27年3月9日付け日本経済新聞)
「海外拠点では国民性や文化、習慣に精通した現地の人材のほうが従業員を管理しやすい面がある。」「政府は日本企業の国際展開を後押しするため、海外の生産拠点で働く外国人の技術管理職を日本で育てる新たな制度(外国人従業員を日本の本社に受け入れ海外の生産現場を統括する知識や技術を学ぶ)を導入する。早ければ2015年度中にも導入を目指す。」
(長谷川俊文)
工場内に張られた5S活動パネル
工場入口に設置された三基の祠
品質管理部門の写真入り組織図