2つの“老舗”から読み解くマレーシア進出
増永眼鏡(株)は福井県を代表する地場産業である眼鏡製造業の元祖である。
その老舗がマレーシアに現地法人を設立して工場進出したのは1994年の1月とのこと。
その目的は中国製の台頭によるコスト対策であり、政治が安定し、治安が良く、人材のレベルも比較的高く、親日的、といったことから当地が選ばれた。
その選択は正しかったのか、中国への製造部門進出企業の苦戦割合が高いことに比べ、当社は20年以上の時を経て安定した事業運営を行っている。
当初の選定理由は、JETROクアラルンプール事務所の解説によれば現時点でも有効であるようだ。
これまでに視察した東南アジア諸国、ベトナム、タイ、カンボジアと比べた筆者の実感としても、マレーシアは安定感が際立つ。
反面、活気に欠けるとも言えるかもしれないが。
しかし、製造業、特に日本のものづくり力を発揮する土台としては「安定感」は生命線を握る要素と言えるぐらいである。
当社では、材料や金型は100%日本から調達することなどとともに、従業員の定着を図り続けることなどで安定操業、品質の安定につなげてきたようだ。
東南アジアではどの国でも課題となる従業員の定着率も、ファミリーデー、皆勤賞、日本での研修といった仕組の導入などで安定してきたとのことである。
それは高齢化の裏返しとも言えるそうだが(若い従業員の勤続が続かないことがやはり大きな課題とのこと)。
苦労しながらの品質の安定化により、日本と同等の品質のものが日本より安くできるというマレーシア工場の価値につながっている。
当社では、低コストと品質の安定のバランスがマレーシアだからこそ実現できたという実感があるものと思われる。
製造業のアジア進出に際し大いに参照すべき事例と言える。
一方で、当社の成功はその企業戦略がベースにあってのことである。
当初はマレーシアでも安価なメガネフレームの完成品を生産する計画だったようだが、会社として全世界の富裕層をターゲットに絞ったことから、マレーシア工場では眼鏡部品の加工のみに注力し、完成品の組立生産は子ども用メガネのみとしている。「メイド・イン・ジャパン」により富裕層をターゲットとする、という戦略からマレーシア工場をリポジションしたことは注目しなければならないと考える。
クアラルンプール一番の老舗日本料理店「勘八」は1973年に当地に進出し、マハティール元大統領や王族も訪れるようなポジションを占めており、現在4店舗の運営を行っている。
開店当時はあまり見かけなかったという女性が頭に巻く「ヒジャブ」が流行の様に増えていき、「ハラール」に対する厳しさも強まっていく時代の変化に合わせて店のあり様を変えられてきたことが成功の要因と言えるだろう。
マレーシア社会は「マレー系」、「中国系」、「インド系」が混在する多民族社会であり、中で経済力を持つのが中国系、次いでインド系で、国民の7割近くを占める多数派のマレー系は低所得層が中心とのことである。
当店の初期のターゲットはチャイニーズマレーであり、ハラル対応もあまり必要なかった。
しかし、イスラム教徒であるマレー系にも経済力を持つ層が増え、また、イスラム教への意識も高まる中でその対応を進めざるを得なくなった。
しかし、厳格なハラールではアルコールや豚肉が駄目なことはもちろん、皿も箸も非ハラールの食で使ったものは使えない。
そこまでの対応をするのではコスト的にもオペレーション的にも困難なことになる。
そこで当店を豚肉は使わないという意味の「ポークフリー」だけを掲げて運営している。
それにより中国系はもちろん、厳格なハラールではないマレー系にも顧客を広げている。
何を食べることまで許されるかは個人の意思により選択されるので、しっかりと店の運営方針を掲げることで顧客に選んでもらうことができる。
しっかり掲げることで顧客が選びやすくなるのである。
これは、今後日本の飲食店がハラール対策を図っていく上での基本的な考え方になるであろう。
ターゲットを定め、それに合わせて運営方針を明らかにすることは、ハラール対策だけでなく、禁煙問題を始め様々なニーズに対する基本的な対応策になるものと思う。
もちろん、そのベースとして「味」や「サービス」へのこだわり等が差別化できるものであり、飲食店としてのポジションを明確にすることが必要である。