診断士の視点

ICCO分析~観光戦略立案のための新フレームワーク~

2020.11.05 投稿川嶋 正己

ICCO分析~観光戦略立案のための新フレームワーク~

ICCO(イコー)分析 ~ 観光戦略立案のための新フレームワーク~

1.「観光戦略」と「中小企業診断士」
 我が国は「観光立国」を宣言し、国内外からの観光客の消費を拡大し、経済を支える基盤とすることを目指している。
全国の各自治体も同様である。
その手段として「日本版DMO」制度が整備され、地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに、地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりを進める動きも活発化している。
DMOは地域の核となる「中小企業」であり、中小企業診断士が彼らの戦略=地域の観光戦略を支援することは中小企業診断士が「地方創生」に貢献できる存在と示すことができ、大きな意義がある。
 福井県中小企業診断士協会は「地方創生シンクタンク」を掲げ、この10年余り「観光の産 業化」をテーマに据え、観光戦略や観光の産業化に向けた具体策を自治体に提案するなどの活動を行ってきた。
我々が提案した「観光の産業化」が市政のキーワードに掲げられるなど徐々に存在感を高めてきたが、本稿ではその過程で生まれてきた観光戦略立案のための分析手法を紹介し、DMO等を中心とする地域の観光戦略立案に寄与することを目指す。

2.「ICCO(イコー)分析」
 著者が開発した「ICCO(イコー)分析」は、観光地としての実力=“観光地力”を4つの要素に分解して分析するフレームワークである。
1つ目の要素は観光客に「行ってみたい」と思わせる、興味を持たせる力「 Interest (インタレスト)」。
2つ目の要素が、その「Interest」の基になる、その観光地の核心(コア)となる魅力「Content(コンテンツ)」、正確には「Core Content(コア・コンテンツ)」である。
3つ目の要素は、そのコア・コンテンツの周りに広がる、その他のコンテンツ群。
それは、コア・コンテンツを生み出したその地の「自然」であったり、そのコア・コンテンツがあるが故にその周りに紡がれてきた「歴史」であったり、そこに住み集う人たちの「暮らし・風俗」であったりする。
それを「Culture(カルチャー)」と名付ける。
そして4つ目が、訪れる人たちに対する「Omotenashi(おもてなし)」である。
これは、飲食やお土産の販売、宿泊の他、体験やガイド、レンタルなどその他サービスの充実度とともに、それらサービスを提供する事業者の接客、さらにボランティアや市民も含めた「おもてなし」についての能力である。
 これら 4 つの要素の頭文字をとって「ICCO(イコー)分析」と名付けている。
この内、初めの 2 つ「Interest(インタレスト)」「Content(コンテンツ)」は主に新規客を誘引する力、そして後の 2 つ「Culture(カルチャー)」「Omotenashi(おもてなし)」はリピート客を誘引するのに効果を発揮する力である。その観光地に人を引き付けるだけの核となる魅力があり、それが伝わらなければ観光客は来てくれない。
その評判を聞きつけて訪れた観光客が、コアとなる魅力以外にも、幅広い、あるいは奥深い魅力を体感することで、その観光地のファンになる。
あるいは、食べたり、買ったり泊まったりする中でサービス提供者からのおもてなしに満足し、また感動してファンになる。
それによって「また来よう」「今度は家族を連れてきてやろう」となる、という流れである。
 以下に、福井県の若狭地方を代表する観光地である「三方五湖」と、そこに近接する地域にあり同じく景観を売りにする、日本を代表する観光地の一つである「天橋立」の比較を例にとって「ICCO分析」の活用方法を紹介する。

3.天橋立と三方五湖のICCO分析比較
(1)天橋立のICCO分析
①Interest(インタレスト)
 天橋立は「日本三景」の一つとして日本全国に抜群の知名度を誇る。
また最近は京都府による「海の京都」のキャンペーン等により、インバウンド含め知名度が向上している。

②Content(コンテンツ)
 日本三景たる天橋立のコアの魅力は神話にも描かれるぐらい他に類を見ない景観。
海を対岸まで横切る砂州を傘松公園、天橋立ビューランドと両岸から眺めることができること、そして「股覗き」という伝統的な楽しみ方があることもコンテンツとしての魅力を高めている。
また、その砂州を徒歩や自転車で渡れることも魅力である。

③Culture(カルチャー)
 天橋立は神話にも描かれたような場所であるが故、そこが宗教的な聖地として選ばれても何ら不思議はなく、日本三大紋珠の一つ文殊堂や成相寺などの名刹が近郊にある。
また、当然のように文人賓客も数多く訪れている。
天橋立に並ぶ句碑等々でそのことを改めて知らされ、天橋立の育んできた歴史の奥深さ、文化的幅広さに感心させられる。

④Omotenashi(おもてなし)
 傘松公園への登り口や天橋立ビューランド側の海岸沿い付近にはお土産物街が広がり、観光地に来たという賑わいを感じさせる。
天橋立の対岸に渡る手段も観光船やボートのほかレンタサイクルなど多様な手段が用意され、往路と復路を別々のサービスで楽しむこともできる。
また、近隣には宿泊施設も大型旅館・ホテルから民宿まで多様な形態が選べる。

(2)三方五湖の ICCO分析
①Interest(インタレスト)
 三方五湖は福井県内や旅行業関係者の中では「若狭一番の観光地」として認識されているが、その広がりは関西や中京の一部までで、全国的知名度は低い。

②Content(コンテンツ)
 三方五湖のコアの魅力も「レインボーライン山頂公園」から眺める5つの湖と若狭湾の景観であり、訪れた観光客からは「天橋立よりもきれい」という声が少なくないぐらい素晴らしいものである。

③Culture(カルチャー)
 三方五湖はその豊かな自然の恵みから縄文時代から集落が形成されて遺跡として残り、近年になって縄文博物館も建設され、その歴史を学べるようになった。
また、三方五湖の特異な自然は水月湖に「年縞」を蓄積し、世界標準となり、その年縞を学ぶ博物館も建設された。
湖と海の自然豊かな地に住む人たちの生活文化もまた観光資源。
しかし、それらと三方五湖が結びつく情報提供、周遊できる環境が整っておらず、知らないままの観光客が大半。

④Omotenashi(おもてなし)
 三方五湖周辺には梅や鰻、へしこといった特産品があり、お土産として加工品なども販売されている。
しかし、お土産物街などはなく、購入できる場所が限られている。
飲食店も少ない。
湖や若狭湾をフィールドにした漁やカヤックなどの体験メニューも地元事業者により展開されている。
しかし、いずれもボリュームやレパートリーに欠け、訪れた人が誰でも気軽に楽しめるサービスは少ない。

(3)三方五湖と天橋立の比較
 以上の2つの観光地をICCO分析により対比し、天橋立をベンチマークとして三方五湖の観光地としての問題点を抽出したのが図4である。
観光地力としての差が34万人対200万人という入込客数の差に表れていた。

4.ICCO分析による観光戦略提案
(1)ICCO分析から導く観光地力向上の方向性提案…三方五湖の例
 ベンチマーク分析も踏まえ、ICCO 分析の項目ごとに三方五湖観光の目指すべき方向性を導き出してまとめたものが図5である。
項目ごとに整理してまとめることで、あるべき姿と課題解決の方向性が分かりやすくなる。
4項目を並べることで、どこに優先順位を置いて進めるかの戦略も立てやすくなる。

①Interest(インタレスト)
 全国的な知名度に欠けるという課題克服のため、新たな価値観を示す枠組みを構築してキャンペーンを行う。
例えば「“裏”日本三景」キャンペーンである。
天橋立をはじめとする本家日本三景の対抗軸を示す。
日本海の「天橋立」に対し「三方五湖」、太平洋の「松島」に対し「英虞湾」、瀬戸内海の「宮島」に対し琵琶湖の「白髭神社」を充てる。
いずれも関西近郊で、日本人でも知る人ぞ知る名所という位置づけはインバウンド等にも注目を集めることが期待される。

②Content(コンテンツ)
 コアの魅力である「景観」の魅せ方のブラッシュアップが課題。
天橋立に負けない景観を持ちながら、レインボーライン山頂公園はそれをゆっくり楽しめるようになっていない。
施設は雑多な感があって景観を楽しむにはマイナス。
それらの再整備が方向性となる。
また、単に眺めるだけではなく、天橋立のように誰でも気軽に「体感」できるようにすることも課題。
カヤック等ハードルの高い体験メニューの他、“高度感”を楽しんだり、あるいは「水陸両用バス」で山上から景観と湖の水面上での景観を楽しんだりすることなどが考えられる。

③Culture(カルチャー)
 情報提供や二次交通整備等によりレインボーラインと「縄文博物館」「年縞博物館」の周遊を促す仕組みの構築が第一である。

④Omotenashi(おもてなし)
まずは、三方五湖観光の中心であるレインボーライン山頂公園の悪い意味で「昭和」の香りが残る「飲食店」「土産売店」の刷新に尽きる。

(2)戦略提案
 行政がまとめる「戦略」は、数多の課題に対してそれぞれ総花的に施策を並べる形になってしまいがち。
戦略とは“選択”と“集中”であり、優先順位をはっきり定めて戦力・予算を集中投入することである。
行政ではそれがやり辛いため、DMOの役割が期待されている。
 ICCO分析から導いた方向性提案の4項目を並べ、その中から「影響度・相関性」「緊急度」「実現可能度」等の「重要度」の視点により、軸となる項目、或いはまず手を付けるべき項目を選定する。
筆者らが三方五湖観光について地元若狭町・美浜町トップに行った戦略提案は、上述②の“コンテンツ”ブラッシュアップは最重要であるものの予算面等から「実現可能度」の視点で優先度を下げ、まずは機運を盛り上げるためにも①の“インタレスト”向上を主とし、④の飲食店・売店リニューアルによる“おもてなし”向上を副とするものであった。
 両町長からは提案を評価いただき、三方五湖観光の中核を担う両町出資の第三セクター(株)レインボーライン支援の依頼を受け、提案の具体化を進めた。
同社は経営者を外部招聘し、新社長の下で改革を進めたが、剛腕新社長が選んだ戦略は②“コンテンツ”魅せ方ブラッシュアップに④“おもてなし”充実という中央突破の正攻法であった。
それから約3年、レインボーライン山頂公園には高度感・浮遊感あふれる展望デッキやカフェが整備され、飲食・土産店もリニューアル、この3月にグランドオープンとなった。
北陸新幹線敦賀延伸を控えた若狭観光の中核に相応しい、名実ともに全国レベルの観光地としてリボーンし、コロナ禍収束後には大きな飛躍が期待されている。

5.ICCO 分析による観光戦略立案まとめ
 図6が上述したICCO分析による観光戦略立案の流れである。
この手法は
①SWOT分析等と同様の整理しやすさ
②新規客・リピート客の視点も分けられる
③弱点が見やすい
④「重要度」による優先項目選定も容易
⑤具体策も検討しやすい等、フレームワークやベンチマーク分析のメリットが網羅されている。
当協会はその後も福井県大野市や敦賀市等へICCO分析による提案を行っており、両市も動きを見せ始めている。
全国のDMO等でこのフレームを活用いただければ幸いである。

  • 図1 観光地力の4要素:ICCO分析
    図1 観光地力の4要素:ICCO分析
  • 図2 ICCO分析例)観光地力天橋立の場合
    図2 ICCO分析例)観光地力天橋立の場合
  • 図3 ICCO分析例)観光地力三方五湖の場合
    図3 ICCO分析例)観光地力三方五湖の場合
  • 図4 例)ベンチマーク比較:天橋立と三方五湖
    図4 例)ベンチマーク比較:天橋立と三方五湖
  • 図5 例)ICCO分析から導く観光地力向上の方向性/三方五湖観光の目指すべき姿の提案
    図5 例)ICCO分析から導く観光地力向上の方向性/三方五湖観光の目指すべき姿の提案
  • ICCO分析による観光戦略立案の流れ
    ICCO分析による観光戦略立案の流れ