序:持続可能な経営のための「SDGs経営」導入プログラム
中小企業経営者にも「SDGs」というワードは急速に浸透した。しかし、多くの中小企業は、大企業が世間体やブランドづくりのためにやるもの、或いは取引先に言われて渋々やるもの、といった認識に留まっている。単なる「流行りもの」として捉える風潮も見られる。「SDGs」は、全世界・全人類の持続可能な発展のために国連にて採択されたもの。それはつまり一企業の「持続可能性」も高める要素が当然に含まれている。「SDGs」を目指すことが「従業員」「顧客(販売)」「調達(生産)」「資金」確保の持続可能性に繋がる。我々支援者には、「SDGs」の視点を入れた経営革新を進めることの必要性・重大性を理解してもらい、取り組んでもらう責務がある。以下に、筆者がその実践から導いた中小企業のSDGs経営導入の「型」を紹介する。この「型」により、この2年間で数社が順調にSDGs経営へと乗り出しており、その有効性を実感している。この「型」が支援者にとってのSDGs経営推進のマニュアルとなっていただければ幸いである。
第1段階:PTの組成/SDGs経営の目的・必要性の理解
「SDGs経営」導入の第一段階は、まず経営陣も含む「SDGs経営」プロジェクトチーム(PT)を立ち上げてもらい、「SDGs経営」とは何か、その目的・必要性をメンバーに“腹落ち”してもらうところから始まる。PTメンバーは各部門から集まることが望ましいが、各部門責任者を集めるのではなく、各階層・属性の多様性を意識したい。
「SDGs経営」とは単に社会貢献やブランディングの範疇で考えるのではなく、その肝は「本業の推進そのものでの社会課題解決を目指すことで“ビジネスチャンス”を捉える」ものであること、同時に“リスクを回避”するものでもあり、結果的に“社会的価値向上”にも繋がるものであることを解説。「SDGs経営」の意味とは「経営の持続可能性を高める」ことに他ならないことを理解してもらう。この際、PTに経営トップが含まれていなければ、経営トップに理解してもらう場をセッティングすることも不可欠であることに留意。
第2段階:SDGs経営の実践事例の紹介(SDGs経営のイメージを理解)
大半がゼロからスタートのメンバーに「SDGs経営」の目的・必要性を“腹落ち”してもらうには、上記の理屈・言葉だけの解説では難しく、「SDGs経営」の典型的な事例を紹介することが極めて有効。その一つとして「福井SDGs AWARDS 2021」最優秀賞受賞のスタイル・オブ・ジャパン㈱の事例を紹介する。
社は日本一の塗り箸産地である福井県小浜市にて塗り箸の企画製造販売を行うファブレスメーカー。筆者が事業計画作成段階から支援して「地域資源活用事業」の認定も受け、「福井県産間伐材」を活用した塗り箸の開発・製造・販売事業に取り組んだ。原料から商品まで全て国内で賄う箸を拡販することで原料の大半が輸入材という矛盾を解消し、CO2排出削減と森林・林業活性化に繋げ、更に資源調達の持続可能性、産地の持続可能性を高めることを企図している。
事業展開としては「SDGs」のG12:つくる責任つかう責任、G13:気候変動対策、G15:陸の豊かさへの貢献を全面に出すことで、環境意識の高い消費者はもちろん「ノベルティ」としての活用などB2Bの販路獲得も図っている。その結果、コロナ禍直前に開催された世界最大級の国際見本市(Ambiente)のデザインコンクールで1位、産地内での年間取引金額が150%に増加、コロナ禍でも世界各地に新規顧客を獲得、といった成果に繋がった。小規模企業ながら外食大手から80万膳の引合い(売上規模約2億円)が来るなど、現在は新規引合いのほとんど全てが間伐材の箸となっている。また、福井駅前にあり福井の工芸の顔と言える工芸雑貨ショップでは、並み居る他の箸ブランドと別格の扱いを受けて店頭に単独コーナーが開設され、欠品が出るほどの売れ行きとなった。
第3段階:SDGs経営の目的確認&現状把握⇒優先課題の設定
「SDGs経営」のイメージがつかめたところで、自社が取り組むべき「SDGs経営の優先課題」の設定フェーズとなる。その流れは以下の通り。
①SDGs経営の目的確認
何のためにSDGs経営を進めるか、どんな姿を目指すのかについて、経営理念やビジョン、トップの思いを軸に整理し、「SDGs経営のゴール」を経営陣・PTメンバーが共有する。
②SDGs経営の現状把握=紐づけチェック:SDGsの全体像体感、自社の取組状況共有
SDGsの視点で自社の事業・業務を棚卸しする、いわゆる「SDGs紐づけチェック」を行う。チェックシートのベースは色々あるが、筆者は環境省による「企業の取組とSDGsの紐付け(既存の制度・枠組より)」を活用している。ISOなど既存の枠組から抜粋されているためよりテクニカルで項目数も多く、複数ゴールでの重複もあるが、それを一通りやってみることで、どのようなことまで把握していかなければならないか、各ゴールが関連していること、などを体感する効果がある。このチェックシートに0点~3点の4段階で採点し、比較的出来ている項目、出来ていない或いは意識されていない項目などを共有する。
③SDGs視点SWOT分析の実施:優先課題の検討
次のステップではSWOT分析を活用する。前段の紐づけチェックを踏まえ、SDGsの17ゴールそれぞれの視点で強み・弱み・機会・脅威をリストアップする。その上で、重み付けを行い、特にポイントの高い「強み」と「機会」に着目し「SDGs経営」の戦略の軸を炙り出す。同時に、致命的になりかねない「弱み」と「脅威」の組み合わせの有無を確認する。その中から数点の「SDGs経営優先課題」を抽出していく。
PTメンバーにSWOT分析の未経験者がいる場合は、通常のSWOT分析を演習の意味合いで組込む。それによりSWOT分析の理解を促進するとともに、経営幹部ではないPTメンバーが初めて「経営」を意識する体験となり、プロジェクトへの意識を高める効果も生む。
④SDGs経営優先課題および目標設定:SDGs経営優先課題様式への落とし込み
優先課題が絞り込まれてきたら、紐づけられる「ゴール」「ターゲット」、「現状」「目指すべき姿」「課題」「目標値」をフォーマットに落とし込んでまとめる。その際、売上利益などに直結する課題を「for Business」としてまとめ、収益に直接的には関係しない組織面や対社会の課題を「for Society」として、分けてまとめることを推奨している。分けることでPTメンバーが整理しやすく、また、「for Business」は基本的に全部署に係るが「for Society」は管理部門が中心に対応する課題となるため、この後の工程もやりやすくなる。
第4段階:SDGs中期経営計画&アクションプランの策定
「優先課題」が設定され、そこに「目標値」が書き込まれれば、後はその実現に向けてどのように進めていくかの計画に落とし込む段階となる。SDGsの期限となる2030年、または5年後の目標を設定し、それを実現するためのアクションを各年次に落とし込み「SDGs中期経営計画」を作成する。作成に当たっては、PTメンバーに加え、各部門責任者が参画する必要がある。部門責任者に対して、PTリーダー格の経営陣や各部門所属のPTメンバーがこれまでのプロジェクトの流れや考え方を説明し、理解してもらわないと計画策定は進まない。PTメンバーが部門責任者の理解を得る過程を踏むことが、PTメンバーの理解の深化と自分事化にも繋がる。また、既に会社としての「中期経営計画」が別途策定されている場合は既存中期経営計画との紐づけを意識する。
「SDGs中期経営計画」がまとまれば、次は、その1年目にやるべきアクションやスケジュール、担当者を具体化する。「SDGsアクションプラン」の様式を活用し、関連するすべての部門において行動計画と短期目標をまとめる。
第5段階:SDGs宣言の作成&内外への浸透・発信計画の作成
「中期計画」「アクションプラン」がまとまれば、次は実践にかかる段階となる。実践に勢いをつけるためにも「SDGs宣言」にまとめて社外へ発信することも重要。「SDGs経営」はどこかの認証を受けて進めるものではなく、「有言実行」を目指す枠組み。自ら関係先や社会へアピールすることでその成果にも繋げる。どのような魅せ方で、どのような手段で発信するかもアクションプランにまとめて計画的に進める。
もう一つやるべきことが「全社員の巻き込み」である。「SDGs経営」は会社の経営全体に係るものであり、全社員がベクトルを合わせることが推進力として必要。SDGsの基本理念は「誰一人取り残さない」こと。その理念に沿う意味でも「全社員を巻き込む」姿勢は必須。そのためには何をするべきか、をリストアップし、これもアクションプランとしてまとめる。支援先の一社、石川県白山市の㈱横山商会は「for Individual」として、全社員が「一人一宣言」をする仕組みをPTメンバーの発案により具体化し、実践している。この内外への浸透・発信のアクションプラン作成に際しては、他社の事例を紹介することで検討・アイデア出しのベースとしてもらうことが効果的である。
第6段階:SDGs経営のPDCAサイクル推進
「アクションプラン」や「SDGs宣言」がまとまれば、いよいよ「SDGs経営」のキックオフとなる。「キックオフ大会」開催によるスタートを推奨しているが、その後は、「SDGs中期計画」および年度毎の「SDGsアクションプラン」を基に全社でPDCAサイクルを回して実現を目指すこととなる。毎月、或いは四半期ごとの進捗確認といったスケジュール感、確認報告の様式やミーティングの在り方など、PDCAサイクルの仕組もまとめた上でスタートを切る。この仕組が前段の社員の巻き込み・社内への浸透の重要な手段ともなる。
このプログラムにより順調なスタートは切るが、少なくとも四半期に一度はフォローする伴走支援継続の必要性も実感する。アクションプランを進めてみたら現場現状に合わないといったことも十分あり得るし、社員の意識向上が進まないといった悩みも出てくる。その軌道修正等々でのSDGs経営事務局の負担を減らし、背中を押すサポートが必要である。
終わりに:「SDGs経営導入プログラム」の効果・期待される成果
この「SDGs経営導入プログラム」は中小企業基盤整備機構北陸本部のハンズオン事業による伴走支援メニューとして令和3年度より開始され、3年目を迎えている。この間、平均して半年スパンで1社の支援を行っており、現在4社の実績がある。その中でこのプログラムの効果として実感していることは、以下の4点。
①「SDGs中期経営計画」策定により、SDGsが経営全体に係るものとして理解されること
②4~6か月の期間で“全社的なSDGs経営”が着実にスタートすること
③その半年前後の期間で「SDGs経営」を推進する中核チーム(事務局)が出来上がること
④経営陣以外のPTメンバーは初めて「経営」を考える場になり、エンゲージメントが向上
そして、少なくとも「SDGs経営」に注目する企業ならどのような規模・業態の企業にも使える汎用性も実感している。支援者がこの仕組みを広く活用していくことで、「SDGs経営=持続可能性を高める経営」に取り組む企業が増えることを期待するものである。